治水の技術は紀元前から確立されていた!?

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治水という言葉をご存知でしょうか。書いて字のごとく、水を治めるということではありますが、この治水の歴史というのはとても古くからあるのです。

普段の生活を顧みるとき、過去のことに目を向けることはとても大事ですから、治水の歴史について少し見てみましょう。

古くは紀元前よりはじまっている

水と生活の歴史はそれぞれ密接にかかわっています。

古くは紀元前よりはじまっている
世界四大文明を覚えていらっしゃる方もいるかと思いますが、どの文明においてもその近くには生活を支える川があり、その川のおかげで文明と呼ばれるレベルにまで生活を高めることができました。
はじめは川の水を利用した、氾濫農耕に始まります。

氾濫農耕とは、河川の氾濫が引いた後に生まれる肥沃な土を利用して農耕を行うことです。
肥沃な土地では当然たくさんの作物を取ることができ、たくさんの作物ができれば人々が集まり、人が集まれば農耕の技術も向上します。作られた作物が余るようになって、都市が発生するのです。

しかし氾濫農耕は常に洪水の危険と隣り合わせですから、洪水の時期を知るために、天文学などが発達しました。また安全に水を利用できるように、治水が行われ、治水を行うための土木技術や度量衡などにも影響を与えました。

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メソポタミア文明の治水とはどういうものか

ティグリスとユーフラテスの2つの大河を持つのがメソポタミア文明です。
メソポタミアで治水や灌漑がはじめられた時期は、紀元前4300年~紀元前3500年ごろと考えられています。

メソポタミア文明の治水とはどういうものか
このころの治水とは、洪水であふれた水を人口のため池に貯水するもので、水路を通ってため池から農耕地へと水が運ばれました。

また紀元前18世紀ごろには、上流の雪解け水で起きていた洪水の被害をなくすために、2本の大河を結ぶ小運河を無数に作りました。
これにより洪水被害が減ったと言われています。
この治水体系は長期にわたり保たれ、8世紀~9世紀ごろに再整備などがなされましたが、10世紀以降になると衰退しました。

13世紀中期~14世紀中期および、14世紀~20世紀前期に再建が試みられましたが、ついにその治水体系の復活は果たされませんでした。

エジプトとインダスの治水について

ナイルのたまものと呼ばれるエジプトですが、洪水による肥沃な土地を維持するために、洪水を防ぐような治水をほとんど行ってきませんでした。

エジプトとインダスの治水について
その代わり水を農地へと運ぶ灌漑の技術は発達していきます。
治水が本格的に行われるようなったのは、近代に入ってからの1902年のことで、アスワン・ダムが作られました。

さらに1970年にアスワン・ハイ・ダムが作られましたが、洪水がなくなる代わりに土地がやせてしまいました。
紀元前2600年ごろに栄えたのがインダス文明です。
モンスーンにより雨季が運ばれてきて、インダス川の氾濫が起こっていました。

インダス文明では、洪水が起こる時期になると川沿いに土手を作っていましたが、これは洪水を防ぐものではなく、逆に利用して肥えた土壌を農耕地へ貯めるためにものでした。
そのため、エジプトと同じように治水はほとんど行われていませんでした。

水と生活の歴史が現代社会の根元にある

いかがでしたか。治水は古くからおこなわれていますが、逆に治水をしないことにより生活をより発展させようとしている文明も存在しています。

水と生活の歴史が現代社会の根元にある

結果的にどちらの方が良かったのかはわかりませんが、水と生活の歴史がそれぞれ密接にかかわりあっているということは分かってもらえたのではないでしょうか。

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