水の危険から人々を守るために行われるのが治水です。
川の氾濫などは、はるか昔から存在しているため、水と生活の歴史を見る上では治水の変遷を見るのも大きな意味を持つでしょう。
そこで今回は過去と現在の治水の方法について説明します。

現在の日本治水はどのように行っているのか

治水の基本的な方法としては、堤防を作り川の水があふれないようにする、運河を人工的に作り水の流れを人の生活とは違う方向へと変える、水量を調節して川の流れを弱めると言った3つの方法があり、現在もこれから外れてはいません。
しかし、現在ではこの中の3つめが主流になっています。
ダムを作って、川の水の量を調整しているんです。

しかし、ダムを作るというのは、「歴史的遺産の水没」「自然環境の破壊」という大きな問題を2つ孕んでいます。
ダムとは要するに大きな穴を掘って、そこに水を入れておく手法です。
すると、もともとそこにあった家や建物は水没してしまいます。

それだけではなく、自然に対して大きく人の手を介入しますから、自然環境に悪影響を当たる可能性もあります。

昔の治水は様々な方法を使って行っていた

様々と言っても、すでに既述した3つの基本的な方法から外れませんが、今のように水量の調節だけを行っていたわけではなく、3つを全ての治水方法を行っていたようです。
かの武田信玄は堤防を築きました。信玄堤と呼ばれ、より頑丈な堤防を作るために、住民たちに祭りのみこしを担がせてから、踏み固めたと言います。

また徳川家康は運河を作りました。利根川東遷事業と呼ばれ、東京湾に注いでいた利根川ですが、この事業により現在の位置へと移動させました。
川があれば氾濫の危険性がそのまま生じますから、移動させることで安全性を高めることが出来たわけです。
水量調節に関しては、現在のようなダムだけではなく、組んだ丸太を川に沈めることで水の流れを弱める「聖牛」や、束にした枯れ枝を鎮める「粗朶沈床」といったものがあります。

水と生活の歴史の中に見るダムという存在

かつてはダム以外の方法でも治水を行っていました。
また近年ダムに関連した問題が起こったことも記憶にあるのではないでしょうか。
ダムを作ることが駄目というわけではないと思いますが、なぜダムでないといけないのかを考える必要はありそうです。